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2012年7月

2012/07/23

『楽屋』

『楽屋』は、清水邦夫が1970年代に書き下ろした。女4人だけが登場する芝居で、しかもテーマが「女優」
いかにも女たちがやってみたい、そして、なんとなく演じられそうな挑戦し甲斐のある戯曲で、…女優にとってはまるで砂糖菓子のように引き寄せられる作品なのでしょう。
だから毎年、プロもアマも誰かがどこかでやっているのです。

でもこの作品が、観客の心を大きく揺さぶるとしたら、
それは、非日常的な生活をしているような女優と言う人種の性や業が、いつの間にか自分の苦悩に同化した瞬間がやってきた時なんではない?

「女」はある意味、みんな「女優」の要素を持っているのです。
それは、男にはワカラナイのかもしれない。
だから例えば、リカちゃん人形のような女優さん像をいくら演じてみても、女の持つ心の溝や軋みには触れるはずもないわけで。
ここに登場する女たちは、みんな壊れている。でもその壊れ方が尋常ではなく、あろうことが見惚れるほど魅力的なのだ。
訳がわからんほど壊れて病んでいるのに、魅力的。こんな難しい役があるだろうか。
しかも違う個性を持った壊れた女優が4人も登場するんだから。

俳優は 「印象づける」 ことや 「見せる」 ことをねらってはならないし、「でっちあげ」 よう、「受け」 ようとしてはならない。自分が見世物になっているという考えを捨てなければならない。発想を転換して、つねに自分より大きなイメージに仕えるのだと思う必要がある。どんな役を演ずるにせよ、作中人物は自分より強烈なのだと思わなくてはならない。
ピーター・ブルック

いつも忘れずにいたい言葉だ。

こんなんでいかがだったかしら、などと言う演劇なら、何もしない方がまだいい。

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