« Jast do it!←Just do itでは?←ほんとだぁ。。。 | トップページ | 3人姉妹と奇妙な仲間たち from箕川功貴 »

2010/10/27

価値なき者の伝説

 価値なき者が価値あるものに変わっていく。このテーマは、ドラマの真髄になる(10/27付箕川功貴blog参照)。それにしても、随分長いこと俳優教育にも携わってきた。長い割には稔りの少ない、というか、罪つくりな仕事でもある。俳優になれるかもしれないと期待させて、入学させ、俳優ごっこのようなレッスンをして、結局は放り出していく。放り出された俳優の卵らしき者たちは、いくつかの養成所を渡り歩いた挙句、やがて夢を諦める。そんな中で、私は本ものを提供してきたつもりだが、それもまた虚しいことだった。なので、ある時この分野からきっぱりと足を洗った。いや、そのはずだっだ・・・。

 それがどうして、またもやこの非生産的なところにノコノコと戻ってきたのか。昨日、いいかげん嫌気が差した。「おまえたちを世界のレベルに引き出してやる」と豪語した割には、降参も早い。しかし、その帰りの車の中で聴いていたある聖書のメッセージに我が意を得た。それはこんなメッセージだった。

 教会をつくる素材は何かということなのだが、あまりこうしたことに縁がない人たちにはそんなことどうでもいい話しに違いない。しかし、話が聖書のメッセージなのでここはご辛抱願いたい。そもそも教会とは、クリスチャンが礼拝をし、奉仕をし、神とのフェローシップを保つところなのだが、もう一つ、あの分厚い聖書に何が書いてあるのか、一人で読んでもわからないのでちょっとその内容を聴きに行くところでもある。いずれにしても、教会は前者によって成り立っている。そこで、その教会を作る素材は何かということになるのだが、それは価値なき者によるというのが答えである。つまり、クリスチャンは自分は神の前に価値なき者と宣言した人のことである。私は、この「価値なき者」という言葉に、確かに「その通り」とアグリーした。

 私もまた10年前に、神の前に価値なき者であることを受け入れ、その価値なき者のために神であるイエス・キリストが十字架についてくださったことに大いに合点したその瞬間、これまで見たこともない見えなかった世界が急に見えてきた。これがみえないまま、クリエイティブなことに携わり、俳優教育までしようとしていたのだからかたはら痛しである。価値なき者を価値ある者に一新(メタモーフォーシス)してくださる究極のドラマ、その辛抱と忍耐がこの聖書に詰まっている。

 俳優教育もまたドラマである。しかも、ここセラ・ジャパンの俳優たちを世界の先端レベルに持っていくのは至難の業である。キリストはそのためにご自分の命を犠牲にされた。私?命を犠牲に?!「あっ、めまいが・・・」。実に価値なき者を価値ある者に変えていくドラマにもう少し参加してみよう。君たちも、価値なき者の伝説をつくりやがれ!!

« Jast do it!←Just do itでは?←ほんとだぁ。。。 | トップページ | 3人姉妹と奇妙な仲間たち from箕川功貴 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 価値なき者の伝説:

« Jast do it!←Just do itでは?←ほんとだぁ。。。 | トップページ | 3人姉妹と奇妙な仲間たち from箕川功貴 »