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2010年5月

2010/05/31

モノローグの真髄=6/1レッスンのヒント=

 それは、「石に語りかける静けさ」にあります。箕川功貴のドラマセラピー5/31記事参照

2010/05/29

狂うことのないコンパスを。

好きな人はどんなに離れていても判別できると言いますが……最近以前よ りも自然と耳に入るものがあります。

前回のレッスンから数日。
色々考えたり、パッと聞いていていつものレッスンや座学の内容を理解する会話を聞く事が出来ました。

セラでは、世界に通用するエンターテナーになるため、レッスンだけでなく、座学もありますね。
世界に通用するためには作品を正しく読み解いて行けるように、そして正しい目的で舞台に立とうと言う事で、座学をしています。
その中では、聖書が出てきます。何故なら欧米の名作と呼ばれるものは、聖書をベースにした価値観で描かれているからです。
ロード・オブ・ザ・リング、ナルニア、ダークナイト、スーパーマン、スターウォーズ……まだまだありますよ。笑
そんなの知らなくても作品は作れるかもしれない、と思うかもしれませんが、それでは演出家、役者個々が自分の価値観で作ってしまうので、どんなに頑張ってもまとまりのないものになってしまうでしょう。

そして、気になるレッスンでは、必ず出てくるワードの一つとして、「ありのままの自分ともう一人の自分」と言うものがありますね。ありのままの自分をしっかり理解出来てないと深みのある演技にはつながらない。と言う話ですね。

理解しているつもりでも、実際に自分が実感としてもたないと、身につかないものですね。
と、ここで本題。(長い前置きでした。すみません)

一昨日学校の食堂で一人勉強していました。すると、男の子が台詞を暗誦していました。
言葉遣いからシェイクスピアなのは分かっていたので、なんの作品かな?と、少し注意して聞いていたらなんと(?)マクベスの台詞でした。
スコットランドの王子がイギリスに一時的に亡命し、打倒マクベスの為にイギリス王と共に出兵する、と言うような内容の台詞だったので、割と作品の後半ですね。

その台詞を、はっきりとは覚えていませんが、二カ所はっとさせられました。
「イギリス王はありのままの私を……」
「羊を生贄として捧げようと思う。マクベスのしたことのために。」というような言葉でした。
ありのまま、というのは、恐れ、弱さ、痛みを隠していない状態。(社会でいきていくにはこれらを隠して平気なようにしなきゃいけませんね。)

そして、聖書には、人の罪を覆うため羊を生贄とするということが書かれています。

箕川先生の仰ることを疑う訳ではないのですが、こうして実際に聞くと、やっと腑に落ちるんですよね。笑
そして、理解して台詞を口に出すともっと深みが出るだろうなぁ。と思いながらその男の子が喋るのを聞いていました。

そして前回のレッスンですね。インストール前のジバリッシュは、上手く行かず、インストール後の方がよかったのはなぜだっ!と言われました。
レッスン中の気づきとしては、台詞の流れを意識しすぎていたかなぁ。というのがありました。流れを気にするあまり、感情が少し疎かに……
そして、数日経って思うのは、以前書いた三つの物を考えていなかったな。という思いに達しました。

インストールがどこに楔をさしたかでインストールの深さが変わる。
それと同じで、私が、何を自分の羅針盤にしているのかが明確にはなっていない(もしくはしていない)状態でとりあえず、ジバリッシュ。という感じがあったように思います。

その役者がいて、役がある。
役者が何とつながっていて、何を信じ、愛し、頼っているか見えてこないと。と以前も言われましたね。
そこがまだ自分の中ではっきりと実感というか、なんと言ったらいいのか……それができていないのかなぁ、と思います。
レッスンになる途端、そこが抜け落ちちゃう。まだまだだなぁ、と思う瞬間ですね。

また少しずつ、発見し、自分の言葉に置き換えて理解していきたいです。

2010/05/28

演劇

二男の高校の先生がある人気劇団を主宰していて彼の作・演出の作品を初めて観てきました。結構な力作でオムニバス4部構成でしたが、最近観た公演の中では、久しぶりに「演劇」観たなぁ、でした。
どうしても役者の力量に目が行ってしまうのだけど、表現力もパワーも技術も秀でた役者さんが多かった。あとは作家の力でグイグイ持っていきました。
ただひとつ、役者が違う役を演じる時、やっぱりキャラが似通ってくる。
ここなのだ、と改めて思う。ここで鮮やかに変えて見せられるなら、その戯曲の世界観もまたひとつ違って見えてくるのではないか。
戯曲と俳優と演出、その高みにあるものが観たい、じゃない、やりたい。

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欲動を押さえよ Catch your Drive(Trieb) always.

 欲動(本能+理性)は、心の深みにあるエンジンです。このエンジンをかけるために声があります。それには、この欲動を確実に響かせる発声法をマスターしなければなりません。

 これが、今、世界をとどろかせている「BOX発声法」です。しかも、ビジネス・パーソンの間でブレイクしています。その主な効用は、3点あります。詳しくは、箕川功貴のドラマセラピー「天に響く声」参照

2010/05/27

脱・図式化

前々回のレッスンを受けて個人的に思ったことをmixiの日記に載せていたら、YUMIさんに、セラのブログに!と言われました。

少しずつセラに反映していきます!f^_^;)

理解しないと出来ない物だと思っていました。 

その人の背景、 
家族構成、考え方、育った環境、友人関係、恋愛関係。 

そういったものを想像してやるものだと思ってました。 
(それも必要だと思う!) 


だけど、役者が礎となって役がある。 
役者が、何を信じてるか。 
役者が何を言いたいのか。 
図式化したものはどんなにうまく作り込んでもそれ以上にはならないと今レッスンを受けている某演出家が仰いました。 




さて、今は亡き名優ヒース・レジャー。 
彼の最も有名な代表作は多分ダークナイトのジョーカー役。 
改めて作品を見てみて、思う。 


単なる図式化であんなにやり込むことができるだろうか? 
そもそもあの役を図式化することなんて出来るか? 
訳が分からない悪人。 
だけど、そこに私達が見ていて感じるもの。 
それは嫌悪感じゃないんだ。 
むしろ、湧いて来るのは同情。 
でも同情させることは一つも言わない。 
それでも心のどこかから湧いて来る。 

それは図式じゃないから。 
私達も、表面で作らず、潜在意識から感情を起こせば自分でも驚くキャラクターが生まれる。 
私はまだそこまで出来ていないが、すごい人を見たことがある。 

あちらの名優は、そう言う役作りである。 
ジョニー・デップもあるインタビューで言っていた。
「仔犬のようだったので、それをイメージして……」
それと同じである。 
ヒース・レジャーも恐らく、脚本を読んで抱いたイメージを演じたのである。 
でなければあそこまで心に何かを残す演技は出来ないだろうと思う。 



前半部分のシーンでのあの特徴的な笑い方。 
あれはきっと計算ではない。 
自分でも分からないところから出てきた、生まれてきたものだったのではなかろうか。 
人の持つ、無限の可能性。 




いつも思う。 
彼の死は悲劇だ。 


そしてもう一つ思う。 
私も少しずつ成長して、あのような表現ができるようになりたい。 

すごいもん!

2010/05/18

はちみつ入りゆずのど飴

今日は自主稽古をしました。
六月のオーディションや公開稽古での課題ですね。
私はそのダイアローグをユミさんと練習しました。
ジバリッシュで。

一回目は、流れを意識してセリフを考えながらやってしまった。
おっとっ。ジバリッシュの目的ってそうじゃないです。相手との、セリフ のやり取りじゃなく、「気持ち」のやり取りなんですね。
それを意識してやってみる。

ドンドン感情に合わせて音となって出てくる!面白い……
そして、フユコさんが飴を買って来て下さって、実際に飴を舐めてみる。

びっくりしました。飴の包み紙があんなに愉快に見えたの初めて!
飴の味までが可笑しく感じる。
小さく書いてある「ハチミツ入」の文字。なんだか自然とクスクス来ちゃうんです。笑
その横ではユミさんが飴を舐めながらどんどんどんどん憂鬱になって行くのを感じる。

これがminokawaメソードが世界的に評価された、あのイメージのインストールという方法を使ったら、どうなっていくんだろう!イメージのインストールというのは、動物でもピカソの絵でも、何でも好きなものにその場で変身できちゃうというたまて箱。                  
次はこれに挑戦してみよう。今から楽しみです。

そして、今日はいつもよりジバリッシュをしているときの心の動きを敏感に察知できた気がします。
稽古前に、今まで倣ってきたことでわからないことをお互いに質問してました。

本稽古に入る前、必ずテューニングというものをします。なぜなら、身体は楽器だからです。この楽器をきちんとテューニングできないと、全てが中途半端になってしまう。
今回は、以前注意されたことを特別意識してみました。

・高さの意識
・音程を半音上げる

中々半音上がらないんです、くせになってて。でも半音上げたらよりはっきり色が見えました。
あ、少しはチューニングがしっかり出来たかな?・・・と思います。

人とシーンをやると、色々と生まれるんですね。それが本当に面白いっ!

そして、ここに更にインストールで何倍も生まれて行くのかと思うと楽しみです。まさにたまて箱!

しかし、ジバリッシュをどのようにしたらセリフにして行くことが出来るでしょうか……今後の課題の一つです。

2010/05/11

5月の公開レッスン

5月11日(火)1800-2030
5月25日(火)1400-1630
せんがわ劇場リハーサル室 
東京都調布市仙川町1-21-5 TEL03-3300-0611

clipセラ・ジャパンのレッスンはどなたでも見学できます。
    ご質問等はメールにてselah.japan@gmail.com まで!

2010/05/09

愛と依存と信じられるものの存在

セラジャパンの特徴はなんと言っても座学だと思います。
人生の目的を探るために演劇をやっていては駄目だ!
目的を知った上で舞台に立たないと本当に人々の心を打つ芝居はできないんだ!

だから、どうしたら人生の目的を知ることができるか。誰でも考える時期があるとおもいます。私もありました。
でもどんなに苦しい思いをしながら考えても答えは出ず、答えが出ないことに辛さを覚え必死で探し求めてでも見えてこないから苦しい。その繰り返しでした。

そう、苦しいんです。
苦しかったです。

だけど、目的を見据えて舞台上に立つべきと。無理難題を……と思っていた時期がありましたが……笑

最近講師の箕川さんを通してものの見方の極意を知り、目的を知ろうとすることは苦しいことではないと気づきました。
まだ漠然としか見えていませんが、今私の心の中にあるのはワクワク感です。何がどう変わったかと言われても自分には上手く説明できません。

でもワクワクするんです!

その前回の座学の中で、人は生きるのに空気や食べ物が必要なように、心に必要な三つの物がある。という話がありました。
上のタイトルの三つです。

人生の目的と同じように、つい最近までその三つでも悩んでいました。
身近な人に頼ってもその依存には限界があります。相手が待ったをかけます。
何を信じられるのか?
迷いに迷って袋小路。

答えは簡単でした。
だけど、最後の、でもそれは最初の。その一歩が難しいと思うのです。

だけど、そこで立ち止まっていても……何がいいの?
立ち止まったそこには何があるの?

去年の暮れから私は色々な後悔に押しつぶされそうになり、心のそこから
願うようになったのです。
「誠実な人になりたい!」
そんな私の気持ちもくじけそうになることがありました。もう、後戻りはできないのではないかと。怖くて悔しくて。辛くて。

でもそれでも憧れのように望みました。
誠実な人になりたい。

そんなときに、ある日、講師の箕川さんは私に仰ったんです。

体で役を買うような、薬に溺れてしまうような、そんな役者になってはいけませんよ。
誠実な役者を目指すべきなんですよ。

千里眼の持ち主かと思いました。笑

その時に確信したんです。
この人は信じられる。
この人の信じることも信じられる。

心から願えば解決が導き出されます。
でも一人で考えあぐねていては何も変わらないのです。むしろ心に蝕んでいるものは悪化するように思うのです。

ということを、座学で再確認しました。

目の前が真っ暗闇で怖かったのです。

でも今は毎日が楽しみで仕方ありません。
けどこれからまた苦しいことも起こるとおもいます。
だけど、苦しみのあとのこの気持ちをその時も忘れずに頑張ろうと思います。

と、私が書いたのを客観的に見ると怪しく見えちゃうらしいのです
が。。。そんなことはないですっ!

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