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2010/03/31

ありのままの自分と、もう一人の

現在取り組んでいるモノローグレッスンについて書いてみますね。
前半を「ありのままの自分」と後半を「もう一人の自分」で明確に演じ分ける。
昨日のセラ・ジャパンのレッスンでは以下のようなアプローチをしました。

「ありのまま」をやる時、まんま私の感情の動くままに一切の制限を取っ払ってやる。自分の感覚や感情だけに集中して、観ている人にどう映ろうがそのセリフの伝えるべきところは何か、なんてものを一切無視して心の赴くままにやる。
その結果、私は突き上げられるような痛みに涙が止まらなくて言葉を発するのがやっとだった。それでも自分を放っておいた。(特にドラマチックなシーンではなかったのですが、私がこのシーンを選んだ理由があったのかも)

昔やった自叙伝レッスンに似ている。自叙伝レッスンとは自分の生きてきた中で最も心が動いた経験(怒りや悲しみや傷が効果的だった)を人前で話す、というような自己解放レッスンの初期にやるカリキュラムでした。


後半「もう一人の自分」はその情動の赴くままの自分を、冷静なテンションで観ている第3者的自分がいる。
例えば舞台に立って演じている自分を、客席から見ている。
すると、その演者(私)がそのシーンで伝えたいクライマックスに向けて一直線に観ている私(もう一人の自分)を連れていってくれ、という欲求に駆られる。(だって何かが起こるドラマチックを期待してわざわざ来たわけで)ただ泣かれて苦悩されても観客の私には理解できないでしょ。

だからそのドラマのために何をすべきか、どう動くか、と観客の私が舞台の私に命じる。てな感じ。
これがなかなかに難しい。無駄なく一気に到達点まで、というプロセスには集中力と分析力が必要だった。
なので、今日私は後半部分に起承転結を設定し、転に集中する、という試みをしてみたんだけど…
まだ出来てません゚゚(´O`)°゚

そして最後にこれらをミックスするという課題が待ってますね。
私が思うに、この「ありのままの自分」と「もう一人の自分」はminokawaメソードの根幹をなすものなので、丁寧に確実にマスターしたいと思います。

以上、言葉は伝えるのに難儀な代物なので、京都っ子さんの疑問に対し私のアプローチが少しでもヒントになればいいかなとも思いながら書いたのですが、私なりのやり方なのでどうだったか。
方向として合ってるかどうかはその人なりのものだと思う。コーチからダメだし来るやもしれぬが(笑
要は、次回私がモノローグをやった時にどうなのか、ということですね。
猛スピードで走っていきたいので、ミックスする最終形態までいきたい!ですね。(y)

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